カッシーの国語通信:読書編

良質の本を紹介します。高校生から大人まで楽しめます。

カッシーの国語通信:読書編


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カッシーの国語通信:読書編

目次

1 ベルンハルト・シュリンク『朗読者』

2 村田紗耶香『コンビニ人間

3 W・シェイクスピアマクベス

4 上田岳弘『ニムロッド』

5 北杜夫『どくとるマンボウ昆虫記』

6 谷川俊太郎『二十億光年の孤独』

7 フランツ・カフカ『断食芸人』

8 谷崎潤一郎春琴抄

9 石川啄木『一握の砂』

10 ダニエル・キイスアルジャーノンに花束を

11 ソフォクレスオイディプス王

12 カズオ・イシグロ『わたしを離さないで』

13 ベルトルト・ブレヒトガリレイの生涯』

14 阿部勤也『ハーメルンの笛吹き男』

15 高橋源一郎日本文学盛衰史

16 赤瀬川原平『芸術原論』

17 正岡子規『仰臥漫録』

18 齋藤亜矢『ヒトはなぜ絵を描くのか』

19 大津由紀雄『英文法の疑問』

 

 

1 ベルンハルト・シュリンク『朗読者』

 

 

 私たちはどうしてこうもくりかえし、ナチスの問題に立ち返ろうとするのだろうか。それについては多くの書物が書かれ、無数の映画が作られ、少なくはないドキュメンタリーがテレビで放送された。にもかかわらず、私たちは何度でもそれに触れようとする。怖いもの見たさからではない。そうではなく、私たちの前に、いつまでも解けない問いが突き付けられているからである。それは、「自分ならどうしただろうか」という問いである。

 作者は1944年生まれである。そして物語は、戦後、15歳の少年ミヒャエルが36歳の美しい女性ハンナと出会い、恋に陥ることから始まる。ところがハンナは突然姿を消し、二人が再会したのは8年後、ナチス戦争犯罪を裁く法廷でのことだった。ハンナはナチスの女性看守で、その罪を問われていたのだ。文字を読むことができず、そのことを隠そうとしたハンナは、結果的に必要以上の罪を引き受け、無期懲役となる。そして18年の服役後、釈放前夜に自殺するのである。

 裁判で、爆撃によって燃える教会に取り残されたユダヤ人たちを見殺しにしたという罪で責められるハンナは、裁判官に問いかけた。「あなただったら、何をしましたか」この問いは、もちろんわたしたちすべての読者につきつけられた問いである。組織の中で、看過しがたい犯罪行為あるいは人権侵害行為が行われているとき、その組織の中に自分がいるとき、自分に何ができるのか、我々は未だに答えを見出せてはいない。

 私はナチスのような罪は犯さないし、そのような立場に立つこともないと言い張る人がいるなら、問いかけたい。あなたは今まで、組織の中で不正義が行われるとき、傍観者だったことはありませんか、と。それは全然違うレベルの話だ、と言うひともいるかもしれない。しかし、時によって不正義が人権侵害にまでおよぶなら、それは同一ベクトル上の出来事と言っていいだろう。

 人生を生きる中で、自分には何の過失もない、と思うことができるなら、その人は幸せだろう。だがそんな人はまれなのではないだろうか。多くの人は、程度の多少はあれ、何らかの後悔とともに生きているはずである。あのとき、論争を避けるために沈黙したのは正しかったのか。私にはできること、なすべきことがあったのではないだろうか。私について言えば、私はそんな無数の後悔とともに生きている。ハンナは釈放される前夜に自殺した。自身を許すことができなかったからだろう。そして我々も問われている。許せない自分を罰するのか、それとも、せめて残された時間を贖罪のために使うのか、と。

 

2 村田紗耶香 『コンビニ人間

 

 2016年度上期芥川賞受賞作。英語を始め複数の言語に翻訳され、海外でも評価されている。
 36歳の古倉恵子は大学に入った18歳の時からずっと同じコンビニでアルバイトを続けている。彼女は発達障害と言うかアスペルガー症候群と言うか、とにかく子供の時から、いわゆる「世間の普通」が理解できない人間だった。公園で小鳥が死んでいれば、母親にそれを焼き鳥にして食べようと言い、小学校で男子が取っ組み合いを始め、みんなが「止めろ」と言うと、体育倉庫から持ち出したシャベルで頭を殴って気絶させてしまう。簡単に言うと、「なんとなくそうするものだ」という「なんとなく」が理解できず、逆に言葉にされるとその言葉通りに受け止めてしまうのである。当然、36歳になるまで、友達も恋人もいない、しかも正規の就職もしたことがない生活を送っている。
 18歳の時、たまたま開店準備をしていたコンビニの店員募集に応じ、アルバイトを始めた。そこは挨拶の仕方からお辞儀の角度、笑顔の時の口角までマニュアルに書いてあるところで、そのマニュアルどおりにしていればその世界に受け入れてもらえる、彼女にとっての「約束の地」だった。彼女は同僚アルバイトの女性たちの話し方やファッションを真似て、「普通の人間」のふりをする。そうすることで世界の一部になっている自分を見つけてほっとするのだった。
 だがしかし、この作品を笑いながら読むうちに、「普通に」生きているつもりの「私」も、どこか彼女に共感する部分があることに気づくのだ。世間の常識、流行りのファッション、普通の生き方・・・。だが、それはいつだれがきめたことなのだろう。中学生や高校生は勉強や部活に打ち込み、大学生になったら友達はもちろん恋人もいて、30歳までには結婚して、結婚したら子供と家を持ち・・・と、無限にある世の中の「沈黙のきまり」。我々は時にそれらに振り回され、辟易しているのではないか。「普通」であることはそんなに大事なことなのだろうか。
 大事なのだろう。この小説の主人公も、なぜ18年間も同じコンビニでアルバイトし続けているのか、なぜ恋人がいないのか、なぜ結婚しないのかということについて、暗に問いかけてくる好奇の質問に、「からだがよわいから」という口実を作って切り抜けようとしている。そう、世界は、「普通でない」ことを許してくれないのだ。だからみんな「普通」であろうとする。世間体のための人生、私たちが生きているのはそんな人生なのだ。この小説は、そんな人生の空虚さを逆照射してくる。「もっと自分らしく生きればいいじゃないか」と。何が心地よくて何がいやだなどというのは、他人や世間が決めることではなくて、自分だけが決めることができるはずだ。
 空気という名の無言の同調圧力が支配するこの世界の息苦しさを、改めて見直すための一冊です。

 

 

3 W・シェイクスピアマクベス

 

          Something wicked this way comes.
            邪悪なやつがやって来る。

 

 シェイクスピア作品の中でということでなく、あらゆる意味において、世界文学史の中でも特筆すべき作品です。シンプルな構造にもかかわらず深みのある物語、自然でスピード感のあるストーリー展開。そして何よりも、人間とその社会についての深い洞察。一分の隙もない傑作と言えるでしょう。
 スコットランドの武将マクベスは、王ダンカンからも信頼の厚い忠臣だった。しかし魔女と妻に、「あなたは王になる男なのよ。いつまでぐずぐずしてるつもりなの」とそそのかされ、王が自邸に泊まりに来たその夜、自らの手で殺害し、その罪を部下になすりつけ、自ら王位に就く。ところがもともと善良な男で、しかも不正な方法で王位についたマクベスは不安と猜疑に駆られ、次第に正気を失い、次々と政敵、部下を殺す。すると部下はもちろん民衆の心も離反し、反乱があちこちで頻発する。やがて、妻子をマクベスに殺されたかつての盟友マクダフと、父が殺されて身の危険を察し、イングランドに逃れていたダンカン王の息子マルカムが手を組み、マクベスは破滅に向かう。
 この作品を読んで、多くの人はマクベスという人間に恐怖を感じるでしょう。ただその恐怖は、単に狂気の暴君に対する恐怖ではないはずです。最初に言ったとおり、マクベスは善良な忠臣でした。ところが一定の条件が揃ったとき、彼は取り返しのつかない過ちを犯してしまうのです。だとしたら、自分だって…、というのが、この作品を読んで感じる恐怖ではないでしょうか。
 歴史上、マクベスは何度も現れてきました。時にはカリギュラという名で、時にはヒットラーという名で、時には…。ヒットラーは自殺する二日前に秘書に言ったそうです。「私とともにナチズムは滅びる。しかし百年後には再びナチズムは現れるだろう」と。冒頭のセリフは、窮地に陥ったマクベスが魔女に占いをしてもらうために森に出向いたとき、魔女が口にする言葉です。そう、「邪悪な何か」はいつも、私たちの背後にそっと息を潜めているのでしょう。

 

4 上田岳弘 『ニムロッド』

 

 筆者は大学の法学部を卒業した後、法人向けソリューションメーカーの立ち上げに関わり、現在はその会社の役員ということである。法人向けソリューションメーカーとは何かということだが、簡単に言うと会社のIT化を進めたり、会社のIT運営の合理化に関わる仕事であるらしい。
 要するにコンピュータを実社会でどう使うかを考える、きわめて現代的な仕事をする人が書いたこの2018年度下期芥川賞受賞作は、やはりきわめて現代的、あるいは未来的な小説である。
 コンピュータのサーバーを会社に貸し出し、その運用を管理する会社に勤める、中本哲史(なかもとさとし38歳)は、社長から命じられ、空いているサーバーを使ってネット上のビットコインを採掘する仕事をしている。ネット上のビットコインを採掘するというのがどういうことなのかわからないが、ネット空間に誰の物ともわからないビットコイン(仮想通貨)が転がっていて、それを自分の財産として記録することで、財産を増やすことができるらしい。
 ビットコインとは、Satoshi Nakamoto(主人公と同名)と名のる正体不明の人物によって2009年に創られた仮想通貨である。それを月に30万円も採掘すればサーバーの運用代を差し引いても利益が出るらしい。それにしても、仮想空間の仮想通貨を採掘する仕事とは・・・。
 主人公の哲史には一人の友人と一人の恋人がいる。友人はかつての同僚でうつ病になって名古屋支社に転勤した荷室仁という男で、彼は小説家を志していたが新人賞の最終選考に三度残りながら受賞を逃し、今では小説を書いて主人公にだけそれをメールで伝えている。彼の書く小説は、飛べない、着陸できない、原子力を動力にしているために危険すぎるなど、なんらかの欠陥を持った飛行機を集める男を主人公としている。そして彼のペンネームは「ニムロッド」である。
 恋人の田久保紀子は、一流大学から外資系の一流企業に入り、同期の男と結婚した。三十五歳になって待ち望んだ妊娠をしたが、出生前診断で染色体の異常が見つかり、人工中絶し、そして離婚した。彼女は37歳で世界中を飛び回って数十億円単位の仕事をしていて、その合間に主人公に会いながら、結婚は考えていない。人間関係までも仮想空間での仮想のつながりのような社会。それも現代の一面なのである。主人公を介して、田久保紀子はニムロッドと会社のプロジェクター画面とスマートフォンを通して出会う。ニムロッドはダメな飛行機コレクションの一つとして、行きの燃料しか積めない特攻機「桜花」を紹介する。それから主人公は、田久保紀子ともニムロッドとも連絡が取れなくなる。田久保紀子は「プロジェクト完了。東宝洋上へ去ります。」とだけメールを残して消える。
 我々現代人は、どこに行こうとしているのだろう。作中、田久保紀子が自分の生を指して、「人生じゃない、みたい?」と主人公に言う場面がある。どんどん便利になる空間で、我々は自分を失おうとしているのかもしれない。

 

5 北杜夫  『どくとるマンボウ昆虫記』

 

 眠れない夜、というものがある。別に睡眠障害などという大げさなものではない。特に心配事や悩みがあるわけでもない。ただその日は日曜日で昼寝の時間が長すぎたりして、眠れない。そんな夜だ。
 そんな眠れない夜にはどんな本を読むのが正しいのだろうか。もちろんそれは人によっていろいろなのだろうが、眠れない夜の時間つぶしには不向きな本というものは確かにある。たとえばトルストイドストエフスキーなどのロシア文学である。人名が長くて覚えにくいうえ、彼らはたいてい長大な小説を書くから、人間関係がごちゃごちゃになって、それを理解しながら読もうとすると、脳が覚醒しきって、さらに眠れなくなる。ではより難解なものとしてカントやヘーゲルなど、ドイツ観念論の哲学者の書物であるが、これらはロシア文学以上に不向きである。1ページも理解することができない書物というのは、眠気を催す以前に腹が立ってしまい、神経が高ぶって本物の睡眠障害になる可能性だってある。
 そこでお薦めなのがこの本である。『昆虫記』と言っても筆者は昆虫学者ではないから、昆虫の生態について七面倒くさい解説をするわけではない。昆虫好きな筆者はただ昆虫にまつわる思い出を書くだけなのである。もちろんこの筆者であるから、くすりと笑える部分はあるし、幼少年期の、誰にとってもなつかしい思い出が描かれたりもするが、爆笑するほどおかしくはないし、ノスタルジーのあまり涙ぐんでしまうというほどでもない。そう、この本はまさに「徒然なるままに」書かれた本なのである。だから読むのに、特に頭を使って情景描写を思い浮かべる必要もなく、人間関係や、自分が存在することの意味などについて考える必要もないのである。これこそ、どこから読んでも、そしてどこで寝落ちしても何の問題もない本であろう。
 もちろん、眠れない夜を過ごすためにはある程度興味を引く内容でなくてはならない。「オトシブミ」という優雅な名の甲虫がいるらしい。その名の由来は、その虫は幼虫の食葉に卵を産み付けると、それを巻物のようにくるくると巻いてしまい、外敵や風雨から卵を守るのである。しかし想像してみると、生きた葉っぱをくるくると巻いて、その状態を保つのはとても難しそうである。実はこの「オトシブミ」、卵を産む前に、これぞと選んだ葉の葉脈を途中で折り、水分が行かないようにして乾燥させ、巻きやすくするのである。
 もちろんこれを知ったからといってどうということはない。どうということはなくてもなんとなくおもしろい。眠れない夜にはそんな本が必要なのである。

 

 

6 谷川俊太郎  『二十億光年の孤独』『夜のミッキー・マウス

 この人の詩を読むと、詩って哲学なんだなと思う。難しい言葉を使わない哲学。この人の最初の詩集『二十億光年の孤独』(1952)は21歳の時に出版されているから、中には高校生の頃に書いた詩もあるのだろうと思うのだけど、だとするとこの人は、まだ少年だったころにはもう成熟した哲学者だったんだなと思う。

  博物館

石斧など
ガラスのむこうにひっそりして

星座は何度も廻り
たくさんのわれわれは消滅し
たくさんのわれわれは発生し

そして
彗星が何度かぶつかりそうになり
たくさんのお皿などが割られ
(中略)
そんないろいろのことが
あれからあった

石斧など
ガラスのむこうに馬鹿にひっそりして 

 どうでもいいことかもしれないけど、谷川俊太郎さんは僕(カッシー)の父親と同じ年に生まれている。僕の父は69歳で脳梗塞で半身麻痺になり、74歳で死んだ。でも谷川さんは今もお元気で、ひょっとすると僕よりも長く生きるのかもしれない。そして、谷川さんが72歳の時に出した詩集『夜のミッキー・マウス』にはこんな詩があって、これを読むと、この人は70歳になっても少年だったのだなと思う。

  百三歳になったアトム

人里離れた湖の岸辺でアトムは夕日を見ている
百三歳になったが顔は生れたときのままだ
鴉の群れがねぐらへ帰って行く

もう何度自分に問いかけたことだろう
ぼくには魂ってものがあるんだろうか
(中略)

いつだったかピーターパンに会ったとき言われた
きみおちんちんないんだって?
それって魂みたいなもの?
と問い返したらピーターは大笑いしたっけ

どこからかあの懐かしい主題歌が響いてくる
夕日ってきれいだなとアトムは思う
だが気持ちはそれ以上どこへも行かない

ちょっとしたプログラムのバグなんだ多分
そう考えてアトムは両足のロケットを噴射して
夕日のかなたへと飛び立って行く

 この詩は美しいレントゲン写真のように読む人の心を映し出す。そして上の「博物館」は世界をすべて描いている。哲学が、人と世界を正確に言葉にしようとする学問であるなら、これらの詩は哲学以外のなにものでもないだろう。哲学って、答えを出す学問じゃないことに今さらながら驚く。
 それにしても、本職の哲学者たちって、どうしてあんなに意味不明のことばかり書くんだろう。意味不明のことばかり書く詩人もたくさんいるからおあいこかな。
 そんな中で谷川俊太郎は、ほんものの詩人で、哲学者だ。

 

 

7 フランツ・カフカ『断食芸人』

 

 「過労死」は”karoshi”というスペルで、すでに国際語になっている。死ぬまで人を働かせる国、日本では、若者たちが定職につくことを拒否し始めている。当然だろう。死ぬよりも、お金がなくても生きてるほうがいいにきまっている。

 チェコプラハに住み、ドイツ語で書いたユダヤ人、カフカ(1883~1924)は、奇妙な作家である。なぜなら、生きている間にはほとんど作品を発表しておらず、死後、託された原稿を公開した親友の手によって、20世紀最高の小説家と言われるようになったのだから。ノートの端に「作家は書かなければならないことだけを書くべきである」と書いた人だから、名誉やお金のために書くのは間違ってると考えたのかもしれないが、それにしてもストイックにもほどがある。
 『断食芸人』という短編小説がある。サーカスで檻に入り、いっさい飲み食いせず、まさに「断食」を芸として見せていた男がいた。ところがサーカスはつぶれ、男は忘れられ、一つの倉庫だけが残された。そして数年の後・・・。倉庫の隅から男が発見された。彼はまだ檻にいて、そして、ずっと、何も食べていなかった。
カフカはおそらく最も早く、資本主義というものが人間に与える影響の恐ろしさに気づいた作家である。資本主義とは、人間をお金に、つまり数字に換算する思想である。そこでは人間個人はもちろん、家族も友情も、そして愛すらも数字に換算され、無化される。虫に「変身」した兄はもはや家庭に居場所を持つことはできず、何の罪も犯していない男は「審判」を受け死刑になる。彼は、取り替え可能な部品に過ぎないからだ。

 さて、「豊かな国、日本」に生きる我々には重大な問いが突きつけられている。まさに死ぬほどの努力をともなう芸をしつづけることによって自分の居場所を確認し続けようとするのか? それとも、社会のあり方を根本的に考え直すのか?

 

 

8 谷崎潤一郎   『春琴抄

 

 『春琴抄』を初めて読んだ19歳のときの衝撃は今も忘れない。大学の講義が休講で、大学生協で買った薄い文庫を2時間で読み終えたとき、私はキャンパスの片隅のベンチで、生まれて初めて、「目くるめく」思いをしていた。ベンチから立ち上がれなかった。だがそれは、苦しいまでの「性」表現によるものでもなく、主人公佐助=谷崎の特異な女性崇拝思想によるものでもなく、女のために自らの目を針でつつきつぶすという稀有な発想の物語によるものでもなかった。

 私にとって衝撃的だったのは、この作家の、表現の模索の果てにたどり着いた、物語言語の極北とも言うべき、その完全な文章に対する驚きだったのだ。谷崎が芥川に尋ねたことがある。「小説を書いていて、馬鹿馬鹿しいと思うことはないか?」龍之介は、「よくあるが、悪魔の声だと思って聞かないことにしている。」と答えた。しかし谷崎はその声を無視できなかった。そう、小説を書くのは馬鹿馬鹿しいのだ。だって作り話なのだから。特にその場面描写の冗長さに嘘臭さを感じる。たとえば、こんな小説の一節、「駅の前を国道が一本、まっすぐに伸びている。陽がカッと路に照りつけている。どこから来るのか知らないが砂利をつんだトラックがよく通る。トラックの上には手ぬぐいを首にまいた若い人夫が流行歌を歌っている。」こんなふうに情景を認識しながら生きている人間がいるだろうか?現実には、「・・・道・・・暑い・・・トラック・・・鼻歌・・・」こんなふうに漠然と生きているはずである。
 では、どうすれば表現を極度に簡略化できるだろうか?谷崎が考えた方法は、ある意味で古典的、そしてある意味で画期的だった。盲者を主人公ないしは語り手にする、あるいは遠い過去を描くこと、そうすれば、よけいな描写を省くことができるのである。その結果生まれたのが、傑作『春琴抄』であり、『盲目物語』だった。 

 原稿用紙の枚数をかせぐためだけに冗長な表現をするのではないかと、疑いたくなるような作家はたくさんいる。ほとんどの作家がそうだと言ってもいい。しかし谷崎はそれを潔しとはしなかった。その結果、彼はたどり着いたのである。『源氏物語』の幽艶と、『平家物語』の簡略がまじわる、世界にたった一カ所しかない、しかも地図にはない場所に。

 

9 石川啄木  『一握の砂』

 

 石川啄木を論じるというのは並大抵のことではない。それは、27年というその短い生涯にも関わらず、この詩人が驚くべき多面性を備えているからである。
 自分の才能を見誤り(小説に拘泥し)、自身の短歌の天才に気づいていなかった人。才能に恵まれていたが、明治期日本の国民の福利など無視した富国強兵政策によって病に倒れた不遇の人。溢れる才能を、自身の短慮と無謀で台無しにした人。他にも、この詩人を評する人の数だけ違う表現がありそうである。

世の中の明るさのみを吸ふごとき/黒き瞳の/今も目にあり
手袋を脱ぐ手ふと休(や)む/何やらむ/心かすめし思ひ出のあり

 生前唯一の歌集である『一握の砂』のどれでもよいのだが、どれもこれも、一首一首が宝石の輝きを放っている。そして啄木自身その価値に気づいていなかったようだが、『一握の砂』に対置されるべきもう一つの傑作『ローマ字日記』を読むとき、そのあまりの落差に愕然とするのである。『日記』にあまりにも赤裸々に描かれた啄木の姿は醜悪の一語に尽きるであろう。しかし注意深い読者は気づくのである。『一握の砂』も『ローマ字日記』も、それはどちらも真実の啄木であり、だからこそ同時に、それは読者自身の真実の「私」の姿であるということに。啄木はリアリズム小説で身を立てようとしたが成功しなかった。だが彼は、日記というかたちで人間のリアルを描くことに成功していたのである。

やはらかに柳あをめる/北上の岸辺目に見ゆ/泣けとごとくに
ゆゑもなく海が見たくて/海に来ぬ/心傷みてたへがたき日に

 今からもう40年以上前のことである。中学生だった私が自分の小遣いで初めて買った文庫本が『一握の砂』であった。今もその本は自宅にあるが、中学生の私はそれをくりかえし読んだ。親に頼めば文庫本くらい買ってくれたのかもしれないが、なぜか自分で、(たとえそれが親からもらった小遣いでも)自分の意志で買いたいような気がした。初めての文庫本は夏目漱石太宰治や、あるいはヘルマン・ヘッセだった可能性もあっただろうと思う。だが今は、それが石川啄木でよかったと、不思議に安心するような気持ちで思っている。

 

10 ダニエル・キイス  『アルジャーノンに花束を

 

アルジャーノンに花束を』は1959年に原型である中編小説が書かれ、翌年、ヒューゴー賞を受賞し、66年に完成版として長編小説として書かれ、やはり翌年、ネビュラ賞を受賞している。ネビュラ賞とは、アメリカのすぐれたSF小説に与えられる賞だが、その授賞式で、プレゼンターであるアイザック・アシモフ(科学者でありSF作家、『アイ,ロボット』など)が、ダニエル・キイスに質問した。「どうしてこんなすごいものが書けたんだい?」キイスはこう答えた。「わたしもそれが知りたい。」これは有名なエピソードだが、このエピソードにはこの小説の本質が隠れているように思う。
 日本で長編完成版の翻訳が出たのは1978年だが、それから読み継がれ、2021年現在で累計330万部が読まれているロングセラーである。人生の大部分が学力によってのみ評価される日本で特にこの小説が愛されるのは理由のないことではないだろう。多くの人が一度は考えたことがあるのではないだろうか。一夜にして自分が秀才に生まれ変わったとしたら、あるいは、人工的に頭がよくなる方法がないものだろうか、と。この小説は、32歳だが幼児の知能しか持たないチャーリー・ゴードンが脳外科手術(ロボトミー)によって天才に生まれ変わる物語で、多くの人の夢を描いた小説ともいえるだろう。そしておそらく、作者のダニエル・キイス自身、この小説を書いているとき、そんな、理由も分からないが次々に物語が紡ぎだされてゆく状態にあったのではないだろうか。主人公チャーリーの興奮は作者キイスの興奮でもあったのだろう。事実、この後もキイスはいくつかの小説を書いてはいるがこの作品を超えるものではないし、その意味ではこれはSFではなく、きわめて写実的な小説なのかもしれない、と思う。だが、どんな優れた才能も枯渇するときがくる。天才の絶頂期にあって死んだモーツァルトは、あるいは幸福な例外だったと言えるのかもしれない。小説の中でその「枯渇」は、より残酷な「退行」として描かれている。
 それにしてもこの小説は、人間の「能力」というものについてのあらゆる感情が描かれていることに驚く。才能への憧れ、そしてその裏返しとしての嫉妬、凡人の仲間意識と、天才が持つ、凡人に対する優越感と軽蔑、そのすべてを、チャーリーと言う人間は経験してしまうのである。そう、我々皆がそうであるように、チャーリーは優越者であると同時に劣等者なのである。その意味で能力とは他にもまして相対的な価値しか持たないものだと言えるのだろうが、我々は皆、生涯それに振り回され、真に価値あるものに気づくことが出来なくなっているのである。この小説が多くの人に愛されるのは、読者が、そんな自分を見出すからだろう。その意味でこの作品は、すでに「古典」と言ってもいいのかもしれない。

 

11 ソフォクレス 『オイディプス王

 

 ギリシア悲劇の中でもその白眉と言ってよい傑作である。
 テーバイ王ライオスと妻イオカステの間に生まれた王子オィディプスだが、占い師によって、「やがて父を殺し、母を凌辱する」と予言される。予言を恐れたライオスはオィディプスの両くるぶしに穴をあけ、そこにひもを通して結び、野に捨てる。ところがオィディプスはそこに通りかかったコリントス王の羊飼いに拾われ、コリントスの子として育てられる。しかしそこでも「父を殺し…」という予言をされたオイディプスは、父と信じているコリントスを殺さないようにするため、自らコリントス王のもとを離れ、流浪の旅に出る。そのとき偶然、実の父であるライオスに出会うが、行き違いから争いになり、知らずに父ライオスを殺してしまう。やがてテーバイに到ったオイディプスは、そこが本来自分の生まれた国だとも、自分が殺したのは実父であるテーバイ王とも、そして未亡人イオカステ女王が実の母だとも知らずに、イオカステを妻とする。時間は過ぎて、オイディプスとイオカステとの間には二男二女が生まれ育つ。
 ところがオィディプスが王位に就いてからというもの、テーバイは不作と疫病に悩まされていたので、デルポイに信託を求めたところ、ライオス王殺害者を見つけ追放しなければならないと言う。高名な予言者であるテイレシアスに王を殺した男を占わせたところ、テイレシアスは答えをしぶるが、オイディプスに責められ、責任はテーバイ王にあると言う。その場に現れたイオカステは、予言など当てにならないということのたとえとして、かつてオイディプスを捨てた話、そしてライオス王が旅の途上で殺され、予言が実現しなかったことを言う。
 そこにコリントスからの使者が現れ、コリントス王が死んだのでオィディプス王に帰国するよう嘆願する、しかし予言を恐れるオィディプスは故国に帰らないと言い張るが、使者は、実はオイディプスコリントス王の子ではないことを明らかにする。それを聞いたイオカステは真実を悟り、奥の部屋に下がった。
 やがて、かつてオィディプスを野に捨てることを命じられた男が召し出され、その子の両くるぶしには穴が開いていることを明言する。すべてを悟ったオィディプスはイオカステの部屋を訪れるが、彼女はすでに首をつって死んでいた。
 絶望と罪悪感に苛まれたオィディプスはイオカステの装身具で自分の両眼を突きつぶして盲目となり、自ら野に転がり出たのだった。
 悪夢のような予言が、めぐりめぐって実現する話である。しかしこの作品を読んだ人は、誰しも思うであろう。オィディプスに罪はあるのか、と。ギリシア悲劇の多くは、正義とは何かを追求する法廷劇であった。だが、オィディプスを法で裁くことはできない。彼を裁くことができるのは彼自身の罪悪感だけなのである。だとすれば、ここに描かれているのは、法による正義ではなく、倫理としての善悪の問題だということになる。人間は、そして人間の生きる社会は、単純に割り切ることのできない複雑なものであり、それゆえ、法だけではなく、哲学や文学が求められるのである。『オイディプス王』とは、2500年前、文学が生まれる瞬間を描いた物語だと言えるのかもしれない。

 

12 カズオ・イシグロ 『わたしを離さないで』

 

「大人になる」とはどういうことだろうか? それは二十歳になることでも、運転免許を持つことでも、もちろん飲酒や喫煙とも何の関係もないことだろう。では、大人とは何か? 自分の家族を持っている人? 仕事をして社会的責任を果たしている人? そうかもしれないが・・・。

 長崎に生まれ、5歳のときに海洋学者の父とともにイギリスに渡った少年は、英語で、『日の名残り』や『わたしたちが孤児だったころ』などの優れた小説を書き続け、とうとう、文学史に残る名作を書き上げた。『わたしを離さないで(Never let me go)』である。
 近未来、少女キャシーは、友達のルースや、恋人のトミーたちと、全寮制の寄宿舎のようなところで、ともに学び、働き、恋をし、けんかをしていた。彼らはまったく普通の若者に成長した。本当に普通だった。彼らが、「親」に臓器を提供するためだけに作られたクローン人間であるということを除きさえすれば。
 恋をしても結婚することはできず、複数回にわたって臓器を提供した者は、仲間に看取られながら静かに死んでゆく。その運命を受け入れながらも、心のどこかで、もがくように、問いがせりあがってくる。「私は何のために生まれたの?」「僕は何をして生きればいいのか?」「恋人や友達に、私の愛をどう伝えればいいの?」・・・。これらの問いは、誰もが一度は胸に抱くものではあるが、限られた生を生きる彼らには切実過ぎる問いでもある。
 普通の意味では、彼らは大人になれない。大人になる前に死ななければならないのだから。だからこそ彼らは、痛切に問いかける。「大人になるってどういうこと?」と。

 「大人になる」ことは、子供には得られない「力」や「自由」を持ち、そしてそれに対応する「責任」や「義務」を負うことである。しかし、カズオ・イシグロはこう言うのである。「大人になるということは、失ってはならない何かを失うことである。」と。

 

13 ベルトルト・ブレヒトガリレイの生涯』

 

 ドイツの劇作家ベルトルト・ブレヒト(1898~1956)の代表作と言っていいだろう。すぐれた作品である。30年ぐらい前にNHKの教育テレビでこのお芝居を見て感嘆し、原作を読んで衝撃を受けた。
 木星の衛星を望遠鏡で観測して地動説の正しさを確信したガリレオは、天動説を譲らないローマ教皇によって宗教裁判にかけられる。お芝居で、「地球は動いている」と浮かれる弟子たちにガリレオが諭す言葉がある。「地球は動かない、という前提に立って実験を繰り返そう。そして、何度繰り返しても、どうしても地球が止まっているとは思えないとき、初めて言おうではないか。『地球は動いている』と。」科学に限らないが、学問というものの厳しさを伝える名言だと思った。
 その後、ブレヒトの他の作品も読み進める中で、この『ガリレオの生涯』が、単に科学者と教会権力の対立というテーマにとどまるものではなく、これが書かれた当時の、ナチスによるファシズムに対する芸術家という対立構造を背景としていること、そしてブレヒトはこの作品のためにアメリカに亡命せざるを得なくなったことを知り、改めてこの作品の偉大を思い知らされた。
 しかし今回読み直してみて、新たに気づいたこともいくつかあった。まったく、名著というものは、読まれるたびにその価値を更新すると言うが、そのとおりである。
まず、ガリレオは(史実としても)宗教裁判において自己の誤謬を認めているが、これは教会権力に屈服したのではなく、権力に無批判に従う民衆に屈服したのだということ。そしてこの作品は、科学的真理の崇高さを述べながら同時に、その科学の正しさが人類の幸福に寄与しないどころか、人類の害悪にすらなりうるということをテーマに含んでいるということである。
老いさらばえたガリレオは、かつての弟子に語る。
「(前略)これまで科学の成果を自分たちだけで利用してきた利己的で暴力的なその連中は、何千年も前から人為的に作られてきた貧困にも、いまや科学の冷静な目が向けられるのを感じたのだ。この貧困が、その連中をなくすことによってなくなる、ということは明らかだったからね。そこで連中は、我々を脅迫や買収で、弱い心では抵抗できないほどに、揺さぶった。問題は、我々が大衆に背を向けても科学者でいられるのかどうか、ということだ。(中略)私は思うんだ、科学の唯一の目的は、人類の生存の辛さを軽くすることにある、と。(中略)君たちと彼らの溝はどんどん大きくなって、新しい成果に対して君たちがあげる歓呼の叫びが、全世界のあげる恐怖の叫びになってしまう、という日もいつか来るかもしれないのだよ(後略)」
 この作品が書き始められたのは1938年で、初演されたのは第2次大戦後の1947年である。ということは、この作品には、ファシズムの問題、社会科学による不正の告発という問題だけでなく、たとえばアインシュタインの発見による人類の生存への脅威も問題として盛り込まれていたということである。(2021/4/21 更新)

 

14 阿部勤也 『ハーメルンの笛吹き男』

 

 『ハーメルンの笛吹き男』については、多くの人がグリム童話を通じてその話を知っていることだろう。
ドイツの小さな町ハーメルンに鼠が大発生して困っていた。そこに不思議なつぎはぎの服を着た男が現れ、鼠退治をなにがしかの報酬と引き替えに請け負った。男が笛を吹くと、鼠たちは列をなして川に飛び込み、死んだ。ところが男が約束の報酬を要求すると、市の参事会の役員たちは「そんな約束はしていない。」と拒んだ。翌日、男が笛を吹くと、今度は町中の子ども達が男について町を出てしまい、そのまま子どもたちは帰らなかった。
この話はしかし、複数の中世史料から、何らかの事実に基づいていると推測されている。史料の最も古いものは、12世紀後半に建築され、1300年頃に改築された、現地のマルクト教会(1945年、空襲により破壊)のガラス絵とその説明書きである。そこには、「1284年6月26日、130人の者が男について行き、消え失せた。」と書かれていた。そして15世紀の複数の文書史料によると、130人の子どもが男について行き消え、上着を取りに帰った子と、身体障害のある、計二人の子どもだけが残った、というのである。
古来この伝説について多くの知識人(あのライプニッツまで!)が「本当は何が起きたのか」という研究、推理を重ねてきた。その数は三十近くあるが、有力なものを挙げると、(1)現在のドイツ東部領域への集団植民(十代の子どもたちに若年結婚をさせた後の)(2)少年十字軍(3)ノルマンディーへの聖ミカエル順礼(4)地震などの自然災害(5)隣国との戦争、特にゼデミューンデの戦による戦死(6)ペストなどによる疫病死(7)飢饉による餓死(8)「死の舞踏」と呼ばれた祭礼の誇張表現(9)子どもをおどすための純然たる作り話、などである。
しかし、日本を代表するヨーロッパ中世史家である著者は、この伝説が何らかの史実によるものだとしながらも、新しい史料が他にない現在、その真相追究には意味がないとし、むしろ、この話が伝説化するまでに伝承、拡散した理由を考察している。著者は、ハーメルンの町では長く、大きな事件が起きる度にそれを、「子どもたちが消えた年から数えて○○年目に…。」と記録されていたことに着目し、数えきれない苦難に遭遇した中世ヨーロッパ庶民の悲しみ、そして約束など守ろうとしない為政者への怒り、いつも犠牲になる弱者への哀惜こそが、この伝説を形成させたのだと言う。

(2021・5・12更新)

 

15 高橋源一郎 『日本文学盛衰史

 「定家にかえれ」と言い、「芭蕉にかえれ」と言い、「子規にかえれ」と言う。おそらく当の彼らがそれを聞いたら、苦笑するだろう。彼らはまぎれもなくその時代の前衛的革新者であり、誰かのところには「かえらなかった」人たちだからである。

 言うまでもなく、「前衛」とは常に難しい存在の仕方である。「前衛」と「独りよがり」は紙一重のところにあって、「前衛」のつもりの「独りよがり」は無限にある。そしてそんな「独りよがり」は当然ながら簡単に忘れ去られ、本物の「前衛」は時代を変えていく。本物の前衛などほとんどいないのだが。
 高橋源一郎のデビュー作ということになっている『さようならギャングたち』を読んだとき、おおかたの人は面食らったに違いない。これは何なのだろうか?小説? でも、ストーリーなどどこにもない。エッセイ? だとしたら何を伝えようとしているのか? 詩? 散文詩にしては散文的すぎる・・・。
 写真の登場は画家たちに、現実を写し取ることへの興味を失わせた。かといって写実的な画家がいなくなったわけではないが。ならば、TVドラマや、映画やコミックがある現在、小説家の中には、物語を書くことに興味を持てない人がいても当然ではなかろうか。かといって物語を書く小説家がいなくなるわけではないのだし。
 トーマス・ピンチョンやジョン・バース高橋源一郎は、現代の世界において、文学の最先端を歩く作家の一人である。そしてピンチョンやバースがそうであるように、高橋源一郎も、その微妙な作風のために、その母語を解する人以外には理解されにくい人々である。しかしはっきり言えば、少なくとも現代の日本においては、この作家ほど真正面から文学と向き合い、リリシズムあふれる言葉を紡ぎだす作家は他にいない。『優雅で感傷的な日本野球』で第1回三島由紀夫賞を受賞した高橋は、その授賞式で、「私は文学の王道を歩く」と豪語した。しかしそれははったりでも何でもなく、にせものの作家たちであふれる日本文学界への挑戦状だったのである。

 さて、最初の話題に戻るが、伝統に対して最も忠実なあり方は、言うまでもなく、伝統を墨守することではなく、伝統を乗り越えていくことである。『日本文学盛衰史』という傑作小説も書いた高橋は、伝統的小説家を誰よりも愛する人であり、同時に、それを乗り越えようとする姿勢を受け継いだ、「伝統に忠実な」作家なのである。

                       (2021・5・20更新)

16 赤瀬川原平   『芸術原論』

 

 眠れない夜、というものがある。そんなときにお薦めするのがこの本である。実はこの本、30年ぐらい前、私が30歳の頃に読んでいたく感動した本なのだが、30年たって読み直してみると、眠れない夜に読むべき本になっていた。もちろんそれは、書物の価値が減じたということではない。そうではなく、より普遍的な書物として読めるように(私自身が)変化したということである。
 現代美術に法外な値段が付くことに疑問を抱いていた。赤瀬川さんはアメリカのフォンタナを例に出しているが、フォンタナは現代芸術の不可能性を表現するためにキャンバスを切り裂くという作品を作った。ところがそれが何十億という値段で売れたりする。切り裂かれたキャンバスが好みなら、自分で切り裂いて壁に掛ければ、キャンバス代だけで済む。なのにそれが途方もない値段で買われるということは、人々が芸術ではなく、フォンタナという記号に値段をつけているということである。馬鹿馬鹿しい。
 ではそれほど倒錯してしまった現代において、芸術はどういう風に可能なのだろうか。赤瀬川さんは「路上観察」という手法を生み出した。たとえば、本来は目的があったのだろうが、建物なりなんなりが撤去されて、階段だけが残された「四谷階段」。やはり建物がなくなったにもかかわらず、そこに門だけが残ってしまった「無用門」。それらは人間が無意識に作り出した意外性のある物質でありながら、誰かがその意外性にスポットライトを当てるまで放置されていたものである。氏はそれらを「トマソン」と名付けた。トマソンとは、昔、まったく打てないのに野球の巨人軍に在籍した元メジャーリーガーの名前である。
 そしてそれら、「無為の創造」というものは、古来日本文化、特に茶道や華道、書道などの分野において、たとえば「詫び寂び」という言葉で表現されるところに潜んでいたのではなかったか。利休は言っている。「詫びたるはよし、詫ばしたるはわるし」!!!。「無為は美しい。ウケねらいはうっとうしい」ということである。現代芸術の最先端が、日本の古典に接続するとは、なんというメビウス的連続!。
 この本は腹を抱えて、あるいは微苦笑しながら、自分でも気づかないうちに芸術の本質に到達させられる、おそるべき著書なのであった。

                 (2021・6・22 更新)

 

17 正岡子規  『仰臥漫録』

 

1867(慶応3)年に生まれ、1902(明治35)年9月19日、満34歳で没した正岡子規が、死の前年の明治34年9月からおよそ1年間にわたって書き継いだ病床日録。子規の書き物のほとんどが新聞連載の随筆であったのに対して、これは純粋に個人的な日記である。
 肺結核に加えて脊椎カリエスを併発していた子規は、この時期ほぼ完全に寝たきりの状態で寝返りを打つこともままならず、体中に空いた穴から血と膿が流れ、医者が「生きていること自体が不思議」というほどの重篤な状態だった。母(当時58歳)と妹(同32歳)が看病、食事と下の世話をしていたが、やがて限界が訪れ、子規はモルヒネで痛みを散らし、高浜虚子をはじめとする門人たちが交代で看病をした。
 病床にあってもユーモアを失わなかった子規だが、さすがにこの末期においては、絶望し、痛みに煩悶し、そして家族、特に妹の律(りつ)に当たることもあったようである。
 明治34年9月21日
「律は強情なり。人間に向かって冷淡なり。彼は到底配偶者として世に立つ能はざるなり。(中略)彼は癇癪持なり。強情なり。気が利かぬなり。(中略)彼の欠点は枚挙にいとまあらず。余は時として彼を殺さんと思ふほどに腹立つことあり。(中略)病勢はげしく苦痛つのるに従ひ我が思ふ通りにならぬために絶えず癇癪を起し人を叱す。家人恐れて近づかず。(中略)三人集って菓子くふ。律綿買ひに行く。」
そして子規は自殺を考える。
同年10月12日
「(家人が出かけて)さあ静かになった。時々起ころうとする自殺熱はむらむらと起こってきた。(中略)次の間へ行けば剃刀があることは分かって居る。その剃刀さへあれば咽喉を掻く位はわけがないが悲しいことには今は腹這うこともできぬ。(手元にある原稿を綴じるための)錐で心臓に穴をあけても死ぬるに違ひないが長く苦しんでは困るから穴を三つか四つあけたら直ぐに死ぬるであろうかと色々に考へて見るが実は恐ろしさが勝つのでそれと決心することも出来ぬ。(中略)考へて居る内にしゃくりあげて泣き出した。」
 実はこの文を書いた和紙の余白に、和紙を切るための小刀と例の錐の絵があり、その横に「古白曰来」とある。古白とは藤野古白のことで、本名は藤野潔。子規より四歳下の従弟で、若き頃の子規の親友の一人だったが、二十三歳で自殺した。この文は「古白曰く、来たれ、と。」と読み下すのだろう。
 明治35年3月10日
「包帯取り換え。この日初めて腹部の穴を見て驚く。穴といふは小さき穴と思ひしにがらんどなり。心持悪くなりて泣く。」

 子規の随筆は晩年にいたるまでユーモアと雅趣にあふれているが、この最後の随想には、鬼気迫る子規の素顔が浮かんでいる。

                 (2021・7・5 更新)

 

18 齋藤亜矢  『ヒトはなぜ絵を描くのか』

 

 ヒトとチンパンジーは、DNAで言うと1.2%しか違わない。だが、その結果としての現れは大きく違う。「いや、ヒトは知識を蓄積できるから、現代の現象としてサルとは違うように見えるだけで、原始的な状態で比較すればそんなに違わない」という見方もあるだろう。たとえばサル類も、十分な食べ物を持っていても他の個体が自分以上に持っていると嫉妬するということを聞くと、「ほとんど人間だな」とは思う。しかし原始時代の人類の痕跡、たとえばラスコーの洞窟壁画を思い浮かべても、あれはサルには描けないだろうと思う。
 そこでこの本である。ヒトの幼児とサル類の、「絵を描く」という動作の違いを通して、1.2%のDNAの違いの意味を考えようとする論文である。
 チンパンジーに色ペンを渡し、キャンバスに描くように仕向けると絵を描く。もちろん最初はペンを嗅いだり、舐めたり、投げたり振り回したりするだけだが、ペン先が偶然キャンバスに当たって線になると、興味を持ってそれを繰り返す。だが、その描かれた絵(?)を見ると・・・。ただ何色かのペンを持ち換えて、偶然できた様々な色の、無秩序な交差としか見えないものである。そこには美しさもなければ、創造性もない。一言で言うなら混沌としか言えないものである。
 もちろん人間の赤ん坊も言葉を持たないいわゆる「乳児期」には同じ程度なのだが、言葉を発するようになるころからそれが変わってくる。たとえば偶然、円のような図形ができると、そこに何本かの線を加え、大人にはそうは見えないのだが、うまく言えないながらも「アンパンマン」と言う。また並行した2本の線のような図ができると、それを線路に見立てて「電車」を描こうとする。これはチンパンジーの作品からは大きく飛躍している。
 ラスコーの洞窟壁画は、現在、保存のために本物は見ることができず、すぐ近くに洞穴ごと再現したレプリカがあり、観光客にはそれを見せているらしいが、実は私(加嶋)も、日本でそのレプリカを見たことがある。あの有名な牛の絵は、思っでいたよりも巨大で、ほとんど人間の大人ぐらいの大きさだった。そしてよく見ると、たとえばその腹のふくらみは、洞穴の壁のふくらみを利用して描かれていることに気づく。そう、ヒトの幼児も原始人も、偶然の線や壁の凹凸を何かに「見たて」ることができるのである。違う言い方をすれば、脳の中の記憶を現在目の前にあるものと融合させて新しい絵を描くことができるのである。
 ここには我々の脳についての重大な何かが現わされている。そう、サルとは異なる1.2%とは、記憶と、それを利用する力なのである。つまりいわゆる「頭の良さ」とは何かということだが、端的に言えば「記憶力」と、それを自在につなぎあわせる「応用力」だということなのである。

                2021・8・3  更新

 

19 大津由紀雄 『英文法の疑問』

 

 私が20年来愛読する、英文法の入門書である。ただし入門書と言っても、本当に英語の初学者、中学生や小学生向けの本かと言うと、少し違う。書名の下に小さい字で「恥ずかしくてずっと聞けなかったこと」とあるように、ひととおり英語は勉強した。したけれども、自信のない部分がある、とたいていの人はそうなのだろうと思うのだが、そういう人のための本である。
 たとえば不定詞である。動詞の原形、辞書に出ている形のことを我々は不定詞と言うけれど、不定詞とはなんなのかということである。「不定」というぐらいだから、何かが決まっていないのである。何が決まっていないかと言うと、主語によって動詞の形が決定されていない、だから「不定詞」と言うのであった。「えっ、ちょっと待ってください。主語が動詞の形を決定するって、現代英語で言うといわゆる三単現のときに動詞の末尾にsをつけるあれのことですよね。あれだけのために英語の動詞は必ず主語を必要とするんですか」という疑問を持った人は賢い。そう、あの三単現のsのためにのみ、英語の動詞は必ず主語を必要とするのである。だから不定詞と一言で言っても、そこには英文法の重要な問題がいくつも隠れているんだ。今言ったように、英語の動詞は原則的に不定詞のままでは使えないから、かならず主語を必要とする。現在は三単現のsが着くだけだけど、これは英語の動詞が主語によって複雑な活用をしていたことの名残なんだ。だから、日本語や中国語、ハングルなどの言語では必ずしも主語を必要としない文というものがありうるけれど、英語、フランス語、ドイツ語などのヨーロッパ言語は原則的に主語を必要とする。
 このことは、文法というものがある程度までは理屈で説明可能だが、理屈で説明することの不可能な、「ただ習慣的にそう言ってるから」としか言いようのない部分があることをも真理である。これはとても重要なことだ。この本の筆者である大津由紀雄さんも再三「文法は深追いするな」と言っている。文法学者がだよ。それって変じゃない?と思う人もいるかもしれないけれど、変じゃないんだ。言葉は人間が造ったものだけど、歴史の中でいろいろ複雑な変化をしている。それにすべて合理的な説明を与えることは不可能だし、仮にできたとしても、それが英語学習者に与える力はそんなに大きいとは言えない。だから、文法は(英語だろうと日本語だろうと)可能な部分は理屈で理解する。理屈で説明できない部分は「そういうものだから」と受け入れる、と言うことが大事なのだ。かのチョムスキーは「言語について考えることは人間の脳について考えることである」と言ったそうだが、この言葉は正しい。ただ、だとすると人間の脳というのは、ものすごく複雑精緻なことを、ある意味ものすごくいいかげんに処理しているんだということがわかってくる。言語もまた然り。

                    2021年・8・11 更新